終活コラム

遺品整理士の終活コラム

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第28回 あなたの宗派は何ですか(上)

先生、13個も覚えられません! → よい、7個で許す

春の到来までもう少し。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。株式会社三共の吉川徹でございます。今回のテーマは、社会人としてあらかじめ答えを用意しておきたいあの質問(笑)、「あなたの宗派は何ですか」です。

日本国憲法によって「信教の自由」は認められていますので(どの宗教を信じてもいいし、どの宗教も信じないでもいい)、親が仏教徒だからと言って子も仏教徒になる必要はありません。自分で自由に選択していいのです。

とは言え、大抵は親の宗教・宗派を受け継ぐもの。お葬式のときなどによく聞かれるこの質問ですが、「うちはどこだったっけなあ」となりがちです。そこで今回は、日本人の葬儀の9割を占める「仏教の各宗派」についてお話ししたいと思います。

ちなみに残りの1割は神道でのお葬式。お焼香があれば仏教、なければ神道という理解でかまいません。キリスト教の結婚式に呼ばれることはあっても、お葬式はまずありません。みなさまの体感もまず同じような感じではないでしょうか。

よく仏教には13宗派ある(※1)と言われるのですが、初心者に13という数は多い(笑)。あくまで初歩の初歩の話をしますので、ここでは7宗派に限定しちゃいます。大丈夫です、わたしはかつては中等部社会科を担当していた元塾講師。中学校の社会科の教科書程度の知識など造作もありません(←逆に言うとその程度)。  

 

 

 

宗教は必ずその国の文化的な背景に影響されます

そもそも仏教は、現在のインドで生まれたもの。開祖は釈迦(※2)ですよね。言うなればこの「インド仏教(オリジナル)」が中国に伝わり(中国仏教)、朝鮮に伝わり(朝鮮仏教)、そして日本に伝わりました(日本仏教)。したがって日本仏教とオリジナル仏教の間に拭いがたい差異があったとしても、それはむしろ当然なのです。

ちなみに釈迦は、王家に生まれながら、親も妻も(背負うべき国も)捨てて出家をした人物。その人物が産み落とした宗教が、遠く日本では先祖供養の具に使われる。これは決して皮肉ではなく、宗教というのは得てしてオリジナルの姿から大きく変容するものなのです(逆に変容できない原始宗教は、姿を消していきました)。

日本ではちょうど聖徳太子の時代(飛鳥時代)に仏教が伝わり(※3)、奈良時代に「@天台宗」と「A真言宗」ができました。最澄(さいちょう)と空海(くうかい)という偉い人がこれを開き、特に空海は「弘法大師」として今でも有名ですよね。

奈良時代に生まれたこのふたつの宗教は、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)と高野山金剛峰寺(こうやさんこんごうぶじ)をそれぞれ本山とするのですが、どちらも山中で厳しい修行をするのが特徴。当時は最先端の学問を学ぶ大学のような機能を持っていました。

天台宗で学んだ人が後に新しい宗派を作ることも多く、また、真言宗は国内で唯一の「密教」とされています。厳しい教えを修めた限られた者のみが信仰を許される、という意味です。

 

 

 

大丈夫、あなたは必ず成仏できます

平安時代になると貴族を中心に浄土信仰が流行します。その流れを受けて、鎌倉時代に生まれるのが「B浄土宗」と「C浄土真宗」です。以前もこのコラムで書きましたが、我が家は浄土宗。浜松市中区に実家の菩提寺があります。

浄土宗は法然(ほうねん)、浄土真宗は親鸞(しんらん)が開祖です。厳しい修行を本懐とする天台宗・真言宗は、その性格上、一部の者たちにしか救済がありませんでした。言わば特権階級の専有物だった仏教を、庶民にも広げたのがこれら鎌倉新仏教の特徴。法然は「他力本願」(※4)を説きました。

他力本願は俗世間において、「他人の力を利用して、みずからの目的を叶えようとすること」という否定的な意味で使われますが(対義語は自力本願)、もともとは仏教用語。曰く、広大な宇宙から見れば、人間などは弱く小さな存在であり、どんな修行を修めようともその大小に差などはない。慈悲深い阿弥陀如来の力によって、すべての人は必ず救われるのである、という意味です。

お葬式で住職から、「一緒に南無阿弥陀仏を唱えてください」と言われた場合、その宗派は浄土宗です。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。ちなみに南無阿弥陀仏がどんな意味か知る必要はないのです。ただただ、阿弥陀如来の慈悲にすがるだけでよいとのこと。面白いですよね。

浄土真宗はさらに深化していて、救われることが決まっているのだから、もはや南無阿弥陀仏と唱える必要さえない、という教えです。極論を言うと、何ひとつ善行を積まなくてもあなたは必ず救済される(※5)。もしどの宗派にしようか迷っている方がいるのであれば、浄土真宗がおススメです(笑)。

残りは「D臨済宗」と「E曹洞宗」と「F日蓮宗」ですが、案の定、だいぶ長くなりましたので、次回へ続くとさせてください。今回の葬儀は何宗なんだろうと思って参加すると、いささか不謹慎ではありますが、興味深いのも事実。


さて。あなたの宗派は、何ですか?

 

 

 

※1 仏教には13宗派ある
今回の7宗派以外を列挙すると次のようになります。法相宗、律宗、華厳宗、時宗、融通念仏宗、黄檗宗です。ここまでくると相当に細かく、わたしも説明できません(笑)。黄檗宗は「おうばく」と読み、いわゆる禅宗の一派。いやあ、わたしは初めて聞きました。またいわゆる明治以降の新興宗教は、仏教を下敷きにしていてもここにはカテゴライズされないようです。

※2 開祖は釈迦
本名はシッダールタ。異名がたくさんありますが、「仏陀(ブッダ)」は「目覚めた者・悟りを開いた者」という意味で、尊称として「釈尊(しゃくそん)」なんていうのもあります。住職の前で釈尊なんて口走ってしまうと、「おお、きみにもわかるかね」などと仏教談義が始まると思います(笑)。一般には釈迦(シャカ)で可。釈迦は仏教を開いたわけではないと言い出すときりがないので、ここでは難しい話は割愛します。キリスト教はイエスが、イスラム教はムハンマドが開祖という理解でいいと思います。

※3 聖徳太子の時代(飛鳥時代)に仏教が伝わり
当時の朝鮮にあった百済という国から伝わったとされています(ここ、テストに出ます)。今でもそうですが、日本は死に対して強い抵抗感(穢れ)を持っており、土着の宗教ではうまくこれを処理することができないでいました。そこで仏教という外国の宗教を流用し、穢れを抑える装置としてこれを機能させたという説があります。したがって「お葬式だけは仏教で」という考えはあながち間違ってはいないのです。葬式仏教こそが本懐、などと言ってしまうと各方面から叱られそうですが(笑)。

※4 「他力本願」
他力本願ではだめだ、なんて使われ方もしますが、敬虔な浄土宗信徒であるわたしからすると違和感を感じます。過去に政治家がそう発言したときに、浄土宗が正式な抗議をしたこともあるそうで、とかく宗教の世界は難しいもの。ちなみに自力本願は、「みずから禅を組むことで悟りへと至る」ことから自力となるのですが、他力と自力、上下はなく、考え方の違いがあるだけです。言葉も宗教と同じように変容するものですが、オリジナル(原義)を知るのも楽しい行為ですよね。 

※5
 何ひとつ善行を積まなくてもあなたは必ず救済される
「慈悲深い阿弥陀如来によって、すべての者が救済されるのなら、何かを唱える必要さえない、心に思えさえすればいいのだ」というのが、法然の弟子であった親鸞の教えです。ここまで来ると一周して、庶民には何が何だかわからなくなりますが(笑)、ともかく救われるということなのでご安心を。親鸞には有名な「悪人正機説」なんていうものもありますが、ここでは説明しません。だってよくわからないもの。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15060194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
2月25日(日)に、「終活の第一歩! 初めてのエンディングノート」という題で終活セミナーを予定しているのですが、当初はひとコマの予定が、応募多数につきふたコマに増量。さらにそれもすぐに埋まってしまい、本当にありがとうございます! なのですが、主催者サイドから、もう募集できないので宣伝ができなくなってしまいました、とのこと。それは困る(笑)。

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第27回 「8050問題」について

「8050」と書いて、「はちまるごーまる」と読みます

新年、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。今回は冒頭のご挨拶をさっくり割愛して(笑)、「8050問題」(※1)について考えたいと思います。

ちなみに「2025問題」と「2040問題」(※2)は人口構成にまつわる諸問題、「8020運動」は80歳になっても自分の歯を20本以上残そうという運動、です(笑)。そして「8050問題」は、いわゆる「ひきこもり」が長期化・高齢化し、その親も高齢世代になり、家族が困窮する問題を指します。

一般にひきこもりの子には収入がなく、親と同居し、親の年金をあてに暮らしています。しかし親が他界すれば年金も支給されなくなるので、残った子の生活費はどうなるのか。親が80歳を迎え子が50歳になり、将来を考えて途方に暮れるという問題です。

ちなみに政府は2010年と2015年にひきこもりの該当者を調査(※3)しており、2010年は69.6万人、2015年は54.1万人と「ひきこもりの数は減っている」のです。これ、本当におもろくて、そのときのひきこもりの定義は「年齢が15歳から39歳」でした。40歳以上はひきこもりにカウントしない、と。

どこで線を引くかで都合のいい数字を導き出せる、というよくある話です。前回の高齢者の定義の話と似たところがありますよね。ところがそれが実態にまったく合っていないので、今年度は「40歳から59歳」を対象にして調べるそうです。

ひきこもりは問題が複雑なため、対策を後回しにし、とりあえず数字だけは把握しておこうという程度の認識だったのでしょう。そしていよいよ「逃げられなくなって」、対象年齢を上げ、「8050問題」などと言い出す。残念ですが、政府の責任は非常に重いと言えます。

 

 

 

親の他界とともに自動的に生活保護に・・・?

ひきこもりになる理由はそれぞれでしょう。不登校をきっかけにひきこもる場合もあれば、就職先がブラック企業で心身ともに疲弊してしまったケース。あるいは先天的な精神疾患の場合もあると思います。2015年の調査では、ひきこもりの期間が7年以上というものが最も多く(34.7%)、一度失敗すると復帰できない現代社会の貧しさを表しています。

彼らのその後を簡単にシミュレーションしてみましょう。

50歳のひきこもりの方をAさんとし、Aさんの親が他界すると年金の支給はストップします。Aさんが80歳まで生きると仮定すると、残りは30年間。厚生年金はなく、仮に国民年金にも未加入だった場合、1か月の生活費に15万円かかるとすると、生涯で5,400万円が必要(※4)です。

つまり、親は5,400万円を遺産としてAさんに残してやる必要があります。相続税すら発生してしまうこの金額、ぜんぜん現実的ではないですよね。

そうすると考えられるのは生活保護の申請ですが、例えば家や自家用車を所有している場合、これらを手放さなければなりません。自家用車はともかく、親から相続した家を売却し、新たに物件を探して賃貸契約をする。ひとりになってしまったひきこもりのAさんに、そこまでの行動力があるでしょうか。

仮に生活保護までたどり着けたとしても、こういうかたちで申請数が増えれば国家財政を逼迫し、支給費の引き下げ、あるいは支給資格の厳格化へと繋がり、より弱いセイフティネットになってしまいます。つまり、「本当に逃げられない」問題なのです。

ちなみに理想論だけを言えば、いったんセイフティネットで受け止め、本人に合わせたケアをし、再び社会に送り出す。月に10万円稼ぐことが出来れば、月々の生活費の不足分は5万円となり、必要貯蓄額は1,800万円まで下がります(※5)

 

 

 

支援の輪は確実に広がっています

2018年を迎えた現在、ひきこもりはもはや、家庭だけの問題ではありません。介護と同様、国家の問題になりました。家族だけでは解決できないのです。

実際にすでに動き出している自治体もあります。看護士、作業療法士、精神保健福祉士、精神科医等でチームを作り、共同でサポートに当たる。例えば最初は看護師が訪問したけれど、ひきこもりの方は簡単には面会させてくれない。次に精神保健福祉士が一緒に同行し、ドア越しに会話をし、少しずつ信頼関係を築いていく。そんなケースもあるそうです。

時間かかりますが、一件一件、一人ひとりの状況に合わせて丁寧にケアしていくしかありません。ゴールは本人を社会に戻すこと。ほんの少しでもお金を稼ぐことが出来るようになれば、状況は劇的に改善します。あわせて実社会側の寛容性も必要でしょう。

繰り返しになりますが、ひきこもりも国家が解決すべき問題。本人が怠惰だからとか、甘えているだけだとか、そういう無理解な根性論・精神論では、問題は1ミリも解決しません。現実にひきこもるお子さんに悩んでる方は、まずは自治体に相談してみてください。

浜松市の場合は「精神保健センター」が相談を受け付けています。家族からの相談ももちろんOK、電話での事前予約が必要ということですので、電話番号を記しておきます。個々の専門家が連携して問題に対処する。終活カウンセラー協会と似たところがあるというところで、今回はお開きです。それでは、また。

・浜松市精神保健センター 053-457-2709(月曜から金曜まで)

 

 

 

※1 「8050問題」
2016年4月にこんな事件が起きています。マンションの一室で、85歳の母親と54歳の長男の遺体が発見されました。将来を悲観する遺書も見つかり、母親の死亡後、無職でひきこもりがちだった長男は衰弱死した可能性があるとのこと。非常に痛ましい事件です。世間に恥ずかしい、という意識もあるかもしれませんが、まずは「ひきこもりの見える化」から。今回こそは政府の精緻な調査を希望します。

※2 「2025問題」と「2040問題」
約800万人いるとされる団塊の世代。この世代が前期高齢者になるのが2015年、そして後期高齢者になるのが2025年と言われています。2025年になると高齢者と生産年齢人口(支える人)の比率が「 1 : 1.9 」になり、2040年になるとそれが「 1 : 1.5 」にまでなります。2040年の日本は、人類がいまだかつて迎えたことのない「超弩級高齢社会」になるということです。

※3 ひきこもりの該当者を調査
全国5,000世帯を抽出し、調査員が自宅を訪問。本人や家族に就労や生活状況、ひきこもりの期間などを記入してもらって調査。新調査では40歳から59歳の人がいる世帯を、同じように5,000世帯ピックアップするようです。結果の公表時期は未定ということですが、「中高年ならではの課題を抽出し、必要な支援を考えていきたい」とのこと。今度こそ、支援の手が後手に回らないことを。

※4 生涯で5,400万円が必要
一か月に必要な生活費を15万円とすると、年間で180万円。30年で5,400万円という計算です。厚生年金はともかく、もし運よく国民年金に加入してあれば、月々の必要額はもう少し下がります。国民年金だけでは生活できない、とはよく聞く言葉ですが、生活の下支えにはなります。あるとないでは大違い。どなたさまも是非、ご自身の年金の加入状況はご確認ください。 

※5
 必要貯蓄額は1,800万円まで下がります
上記と同じように、「月5万円 × 12か月 × 30年間」で1,800万円という数字。ですが、自分で書いておいて何ですが、机上の数字に過ぎないと言われればそのとおり。若いときはともかく、80歳で月に10万円を稼ぐことが出来るかどうか。80歳まで稼ぎ、80歳で他界するという設定にも無理があります。生涯現役、身体が動く限り働く。健康な方はそうせざるを得ないのが現代日本のようです。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15060194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
2018年もどうぞよろしくお願い申し上げます。2月6日(火)には終活カウンセラー協会主催の「初級検定(浜松開催)」で、1科目だけですが検定講師を担当します。再びのオファーをいただけてひと安心(笑)。また2月25日(日)には「初級終活セミナー(クリエート浜松)」を予定しております。詳細はまたお知らせさせてください。

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第26回 もはや65歳は高齢者ではない

揺らぐ「高齢者(=65歳以上)」の定義

年末年始のお忙しい時期、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。ご多分に漏れず、わたしたちのような廃棄物処理業者も本当に繁忙期。年末の片づけをしたから来てよ、とお声掛けをいただくのは本当に有り難いのですが、車両も人も余剰はなく。早いもの順からご予約が埋まってしまいますので、ご理解賜りたいと思います・・・。

さて。今回は「高齢者の定義が揺らいでいる」というお話です。

一般的には65歳以上を高齢者とするのですが、これは1950年代にWHO(世界保健機関)が定めた(※1)とされており、日本ではそれを採用しております。そしてそれが昨今の現状に合致しなくなっている、ということです。

例えば街を歩く65歳くらいの方に、「ご自分を高齢者だと思いますか?」とインタビューすれば、おそらくは多くの方がNOと答えるのではないでしょうか。実際、今どきの65歳の方はぜんぜんお若いですしね。

 

 

 

定年を翌年に控えた会社員、それが波平なのです

現在の定年は60歳が一般的ですが、昔はどうだったのか見てみましょう。

例えば1960年(昭和35年)。男性の平均寿命は65歳で、定年退職は55歳でした。引退して10年間隠居生活を楽しんだあとにお迎えが来る、というのが平均値です。今聞くと本当にびっくりなのですが、定年が60歳になるのは1980年代といわれています。

これはセミナーでよく使われるジョークなのですが、サザエさんにでてくる磯野波平氏、年齢はいくつだと思いますか? 定年を1年後に控えた一家の大黒柱、彼はなんと、54歳の設定なのです。そしてそこから40年以上たってもまだ、定年を迎えておりません(※2)(← ここ、笑うところです)。

平均寿命が65歳で、高齢者の定義も65歳、定年はその10年前。1960年はそんな年でした(※3)。そしてそれを2017年の現代に置き換えて逆算すると・・・、げに恐ろしいことに、以下のようになるのです。

・平均寿命は80歳(以上)、高齢者の定義は80歳、定年退職は70歳

したがって。「日本老年学会・日本老年医学会」が、今年の頭に高齢者の定義を75歳以上とする引き上げ案を発表(※4)して物議を醸しましたが、理屈だけを言えば「何もおかしいことは言っていない」のです。

そしてもちろん、わたしたちがこの提言に違和感を感じるのは、年金の支給もそれに合わせて遅らせようとする政府の陰謀があるからではないか、と疑ってしまうからです。高齢者の定義が75歳なら、国民年金の支給も75歳からでいいじゃん、と。

 

 

 

問題がさっぱり解決するベストアンサーは、ない

年金の支給時をいつからにするか、これは極めてデリケートな問題です。例えば厚生年金は昭和17年に始まっていますが、当時の平均寿命は50歳程度、支給開始年齢は55歳でした。

これは厚生年金のケースですが、支給開始が平均寿命プラス5歳ですから、「もらえない人のほうが多いのが年金である」という考え方も成り立つのです。ひと握りの人に支給される特別なご褒美、というのが本来の姿だったのかもしれません。

国民年金の支給が80歳になるのはさすがに極端ですが、今の65歳からというのが段階的に引きあがる日はそう遠くないでしょう。前にも話しましたが、日本の年金制度は常に対処療法で欠陥を修正してきたので、いつまでたってもすっきりしません。

すべてゼロにして制度を再設計することができればいいのですが、それによって損する人がたくさんいる以上、簡単にはいきません。自分は落選してもいいから国民年金を改革するんだ、という政治家もいません。そもそも落選したら改革はできないのですから。

わたしたちが抱える問題の多くがそうであるように、すべてがさっぱり解決するベストアンサーはないのです。個人的には、高齢者の定義を(先の提言を少し下回った)70歳にし、それに合わせて国民年金の支給も70歳になるのはやむなしかなと思います。消極的賛成、ですけれど。


・・・年末というのに、いささか暗い話をしてしまいました。反省(笑)。人口は減少しますし、各種の社会保障も手薄くなるであろう近未来ですが、それがイコールで個人の幸せと正比例するわけではありません。絶望する必要は何もないのです(笑)。

わたしは、誰からもどこからも自由な幸福な個人である。2018年こそ、そうありたいものです。といったところで今年最後の「遺品整理士の終活コラム」でした。どうぞみなさま、良いお年(※5)をお過ごしくださいませ。今年1年、誠にありがとうございました。

 

 

 

※1 1950年代にWHO(世界保健機関)が定めた
日本では65歳以上とされているのが一般的ですが、実際には明確な線引きはない、という意見もあります。また、国連では60歳以上と定義されており、今ひとつ曖昧と言えば曖昧。医療に関する法令では、65歳から74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と定めています。また人口調査等では64歳以下を現役世代とし、15歳から34歳を青年、35歳から64歳までを壮年としています。

※2 そこから40年以上たってもまだ、定年を迎えておりません
登場人物の年齢がフリーズしたまま40年以上たっている磯野家と、その周辺の人々。40年以上も「乳幼児とのふたりのだけの世界」に閉じ込められている「波野タイコ」は、幸せなのかどうか悩んでしまいます。そして、近所に住む「伊佐坂ウキエ」は女子高生なので、40年以上も「人生の本物の青春」を謳歌しています。ずっときらきらなまま、羨ましいですね。逆に彼女の実兄の「伊佐坂甚六」は浪人生。40年以上も浪人生活を続けているなんて、そろそろ別の道を探したほうが・・・、なんてね。

※3 1960年はそんな年でした
1960年、昭和35年はどんな年だったでしょうか。簡単に振り返ってみましょう。まずカラーテレビが本格的に始まった年だそうです。皇太子殿下が生まれ、ビートルズが初来日。そんなことも含めてテレビが飛ぶように売れたそうです。「3C」なんて言葉もありましたね。そして東京オリンピックが1964年ですから、高成長時代を迎えて国民全体が高揚感に包まれている、そんな世相であったと思われます。わたしは生まれていないので、後半はちょっぴり想像ですが(笑)。

※4 高齢者の定義を75歳以上とする引き上げ案を発表
2017年1月5日の発表でした。75歳以上を高齢者とし、65歳から74歳を准高齢者とする提言をしました。社会保障費を削減するための前準備だとか何とか、さんざん叩かれましたが、個人的にはわからないでもない提言。いずれにせよ、高齢化があまりにも速いスピードで進んでいるため、社会の端々でひずみが起きているという話です。何度も言いますが、それでもなお、こういう社会になることはあらかじめ予想できていた話なのです。政府の無策と言われても仕方ありません。 

※5
 どうぞみなさま、良いお年を
みなさまの2017年はどんな1年だったでしょうか。わたしは「終活カウンセラー上級インストラクター」の資格取得が3月でした。まだ1年たっていなかったのですね。終活や環境に関する個人セミナーを計5回し、終活初級検定の講師を1回しました。あれ? 何で1回しかオファーがなかったんだろう。何か粗相をしたのかもしれません(笑)。ちなみに今回のタイトルは「もはや戦後ではない」から流用しました。有名な1956年の経済白書から、です。そしてその預言は大きく外れました。正解は、「どこまでいっても戦後は終わらない」でした。良いお年を。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15060194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
サンタクロースの実在を信じていた娘(11歳)ですが、さすがにとっくの昔に真相を知ってしまい、何と今年は逆に、わたしに「サンタからの手紙」をプレゼントしてくれました。中身はメッセージと「娘の世話をしなくてよい券」。何てピンポイントな物をくれるサンタなのでしょう(笑)。「パパにも来てよかったね」と娘は言うのですが、同時に「いい子にしていないと来年は来ないよ?」とも。何だろう、これ。脅されている気もしますが、なるほど、大人がこうしていたのかと実感(笑)。来年も来るかなあ。