終活コラム

遺品整理士の終活コラム

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第24回 「自分のための終活」と「他人のための終活」

さんきょちゃんに夏休みなど必要なのだろうか・・・

夏本番、みなさまお過ごしでしょうか。弊社のさんきょちゃんも夏季休暇に入ったようですが(笑)、みなさまも夏休みのご予定は埋まっておりますでしょうか。

弊社の場合、365日、トラック(塵芥車)が動いて(※1)
おります。したがってドライバーは交代で夏季休暇を取るのですが、なかには休暇を申請しない漢気社員もいて、毎日、朝早くからお疲れさまです。ほんと、頭が下がる思いです。

さて。正月にも同じようなことを書きましたが、家族や親戚が集まりやすいこの時期、ぜひぜひ終活の話も取り上げてほしいなと思います。ということで今回のテーマは、「自分のための終活」と「他人のための終活」。

「自分のための終活」は、言わば「楽しい終活」。こういう服を着せて納棺してほしいとか、自分の葬儀にはこういう音楽を流してほしいとか。あるいは思い出の地で散骨をしてほしい、なんていうのも自分のための終活。旅行の計画を立てるみたいな話で、あれこれ悩むのは楽しいですよね。

そして。「他人のための終活」は、換言すれば「残された家族が困らないようにするための終活」。エンディングノートに所有している口座や加入している保険を明記しておく、きちんとした書式の遺言書を用意しておく、などがこれにあたると思います。行為として楽しくはないかもしれないけれど、最愛の家族に過度の迷惑がかからないよう、先手を打っておくことはとても大事です。

「むふふ」と楽しみながら遺言書を書く人はいない(※2)ですよね、たぶんですけれど。

 

 

 

どちらが大事かと言われれば

「自分のための終活」と「他人のための終活」。終活カウンセラーとしてどちらが大事かと問われたら、両方大事です、という答えになります。終活は苦しさをともなう厳しい修行ではありません。これも以前に書きましたが、終活は楽しいもの、です。

自分の興味のあることから始めていただいて、終活って楽しいなあ、と感じてもらえたらわたしも嬉しいです。関連するイベントに参加して、納棺されてみる、遺影を撮ってみる。あるいは「海洋散骨体験ツアー in 沖縄」に参加して、あれこれ思いをはせてみる。

実際、終活フェスタや終活セミナーに参加される方は圧倒的に女性のほうが多いです。あくまで個人的な意見ですが、男性より女性のほうが人生を主体的に楽しむ能力に長けている気がします。

「自分のための終活」をひととおりこなしたら、次は「他人のための終活」(※3)に手を付けてほしいと思います。自分が死んだあとのことは関係ない、残った人がうまくやってくれるさ、という態度には、わたしはいささか反対です。

葬儀ひとつとっても、昔と違って、親戚や近所の人が総出で手伝ってくれるケースばかりではありません。また以前なら起こりえない問題も起きて(※4)います。もしお墓の引越しが必要なら、後世にそれを託すのではなく、えいやっとご自分の世代で片を付けてほしいと思います。戸建ての家を引き継いで住んでくれる人がいそうにないのなら、業者の選定も含めて、解体や売却の道しるべを示してほしいと思います。

自分にとって面倒な問題は、後を託された人にはもっと面倒な問題です。自分の代でお墓を引っ越してしまっていいのか、親が長く住んでいた家を売却してしまっていいのか、決断ができないケースも多々あると思います。

そういうことを見越して、残された家族の負担が減るよう配慮をしておくこと。もう少し正確に言うのなら、「揉めそうなこと、判断に迷いそうなことを減らしておく」、それがここでいう「他人のための終活」です。

 

 

 

エンディングノートに始まり、エンディングノートに終わる

例えば代々のお墓に関して、必ずしもはっきりと結論を出す必要はありません。「お墓が遠すぎて不便だと思うなら、おまえたちの判断でお墓の引越しをしてもいい」。そう明言してもらえるだけでも、文書に残してもらえるだけでも、残された家族は楽になると思います。

普段はまったく付き合いのない親戚の重鎮が、亡くなった○○は生前こう言っていた、などと言い出して、かきまわされるケースも耳にしますが、「他人のための終活」をしておくことで、残された家族を守ることもできます。

そして、その残す文書は「遺言書(自筆証書遺言・公正証書遺言)」ではなく、エンディングノートが向いていると思います。終活はエンディングノートに始まり、エンディングノートに終わる。的なところでしょうか(笑)。

最後にもうひとつ。これも以前に書きましたが、エンディングノートを書いていて疲れてしまった場合、どうしたらいいでしょうか。答えは簡単、休んでください。休んで、気力が回復したらまた机に向かってください(※5)。終活は楽しんでやるもの、ですから。

それでは、また。みなさま、どうぞよい夏を。

 

 

 

※1 365日、トラック(塵芥車)が動いて
弊社の本業は一般廃棄物収集運搬業。世にごみがある限り、わたしにたちに休息はありません。実際に年中無休の店舗も多いですしね。うちの場合、各ドライバーは早朝に出発し、ぐるっとまわって処分場へ行き、お昼過ぎに上がっているのが常です。業態としては運送業に近いですよね。各車両にはアルコールをチェックする機器(息を吹きかけ、アルコールが検知されるとエンジンがかからないもの)と、ドライブレコーダーが装備されています。

※2 「むふふ」と楽しみながら遺言書を書く人はいない
とはいえ、終活マニアのわたしは例外で、いつも終活を楽しんでおります。公正証書遺言の仕組みを調べたときには、その制度設計の精緻さに脱帽(当コラム第12回・第13回参照)。いい意味で、お上の仕事に抜かりはないなあと感心したものです。他にも散骨ビジネス最前線など知れば知るほど好奇心を刺激され、ひとり「むふふ」と楽しんでおります。あなたもぜひ楽しい終活を。


※3 「他人のための終活」
ここでは残された家族が困らないように手を打っておくことを、「他人のための終活」とさせていただきました。家族は他人なのか、と思われた方もいるかもしれませんが、「自分以外は他人」という程度の意味だとご理解ください。当コラム第22回では、「家族が苦しい」というお話をしました。家族だから大切にすべきだ、という安易な態度はわたしは取りません。血の繋がった家族ゆえに苦しんでいる人もたくさんいます。自分を大切にできて、初めて他人(家族)を大切にできるものだと思います。

※4 以前なら起こりえない問題も起きて
ここではお墓の引越しを例に挙げましたが、これも以前なら起こりえない問題の典型例ですよね。長男は、代々先祖が残してくれた土地・家屋・職業を継承していくもの。それが当たり前で、本当につい最近まで、お墓の引越しをしたいなんて思った人はいないと思います。遠いけれど我慢して墓参りしよう、という対応も、しかし年齢的にだんだん難しくなり、ということだと思います。今までと違う現象が起きているので、今までと違う対応が必要になってくる。そのひとつが終活なのだと思います。

※5
 休んで、気力が回復したらまた机に向かってください
うちは浄土宗なのですが、法然上人のこんな逸話を思い出しました。南無阿弥陀仏をひたすら唱えなさいと教える上人に、念仏を唱えていると疲れてしまうのですが、どうしたらいいでしょうか、と訊く人がいました。答えて曰く、「疲れたら休みなさい。そして疲れが取れたら、再び南無阿弥陀仏を唱えなさい」。あれ、これ別に関連してないですかね(汗)。ということで無理は禁物。疲れたら休む。気が乗らないならやめる。これも以前書きましたが、わたしはあなたの心を動かそうとはしません。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15120603)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
9月2日(土)、30日(土)とセミナーを行います。こちらは終活ではなく、環境啓発セミナー。テーマは「 2R 」で、西部清掃工場(浜松市西区篠原町)にて行います。また、9月16日(土)にはびぶれさま主催の恒例の終活イベント「ワンダフルライフ2017・秋」にて、終活セミナーを行う予定です。どちらも参加費無料、是非みなさまお越しくださいませ。

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第23回 暑中見舞い申し上げます

毎日、ほんと、暑いけど痩せない・・・

そろそろ梅雨明けを迎える、夏真っ盛りの毎日ですが、みなさま、つつがなくお過ごしでしょうか。株式会社三共の吉川徹でございます。

弊社トップページの新着情報でもお伝えしましたが、8月にセミナーを開催させていただきます。終活カウンセラー協会からの依頼で、「終活カウンセラーとして遺品整理の相談にどう対応するか・基礎編」というテーマになります。

自分自身の遺品整理をどうするか、というよりは、他人に相談されたときにどう対応するか、が主眼になります。残念なことですが、遺品整理業界にはまだまだ「法律を守らない業者」、あるいは「法律を守れない業者」(1)が存在します。自分のことならまだしも、他人に相談されたときにそういう業者を紹介してしまうのは避けたいところ。

遺品整理は現状、廃棄物処理法の中でしか対応できません。知らず知らずのうちに違法行為に加担するなんてことがないよう、「法令と思いの両方を大切にする」遺品整理の世界をお話ししたいと思います。

日にちは8月21日(月)の18:30から。場所は名古屋市中区栄(2)になりますが、よろしかったら遊びに来てください。

( http://www.shukatsu-csl.jp/event/seminar_20170821.html )。

 

 

 

『死ぬ瞬間の5つの後悔』

最近、「死ぬ瞬間の5つの後悔」(3)という本を読みました。長年緩和ケアの世界で働いてきたオーストラリア出身の著者が、その経験をもとに記したブログ発の書籍。帯には、「もっとお金を儲ければよかった」という人はいない、と書かれています。

ではどんな後悔が多いのか、抜粋してみます。
(1)自分に正直な人生を生きればよかった
(2)働きすぎなければよかった
(3)思い切って自分の気持ちを伝えればよかった
(4)友人と連絡を取り続ければよかった
(5)幸せをあきらめなければよかった

ここを読んだだけも、ずしんと考えさせられますよねえ。「もっと働いて、もっと稼げばよかった!」なんて思う人は確かに稀なのでしょう。あの世にお金を持っていくことはできません。太閤殿下にもぜひお伝えしたいところです。


繰り返しになりますが、終活の定義は「人生の終焉を考えることを通じて、自分を見つめ、今をよりよく、自分らしく生きる活動」。死ぬための準備をすることでありません。わたしたちはいつ死ぬかわかりません。そして、自分を幸せにできるのも自分だけです。幸せになるために何をするか、それが終活です。

 

 

 

スティーブ・ジョブズの終活

また、スティーブ・ジョブズ(4)はこういう言葉を残しています。

「死がもうすぐそこにある。私は今、やっと理解した。生きるうえで充分な財産を築いたら、あとはお金とは関係のない、他のことを追求したほうがいい。

際限のない富の追及は、人を歪ませてしまう。そう、私のように。私が勝ち得た財産は、死とともに持っていけるものではない。

あなたが行きたいところへ行きなさい。

誰もがいつか、人生の幕を下ろす日が来る。あなたの家族のために愛情を大切にしてください。そして自分を丁寧に扱ってあげてください。他の人を大切にしてください」。

ビジネスを勝ち抜くための金言を数多く残している(5)ジョブズですが、終活に関しても豊かな言葉を綴っています。鳥の今まさに泣かんとするその声や悲し、人の今まさに死なんとするその言や良し、といったところでしょうか。

終活は始めるものでも終わらせておくものでもなく、常に人生とともにあるものだと思っています。それでは、また。どうぞみなさま、良い夏をお過ごしください。

 

 

 

※1 「法律を守らない業者」、あるいは「法律を守れない業者」
遺品整理業は新規参入のハードルが低い業界、看板でもネット上でも同業他社をよく見かけます。以前にはなかった業種・業態ですよね。対応する法律は廃棄物処理法になるのですが、しかし、この法律をほとんど無視している業者がいるのも事実なんです。法令を「知っていて守っていない」業者はもちろんですが、いちばん怖いのは、法令を「知らないし守っていない」業者。自分自身を守るために、法令を守りましょう。

※2 場所は名古屋市中区栄
外部リンクサイトにあるとおりですが、愛知県青年会館というところでやります。参加費は3,000円になります。本文にもありますが、終活カウンセラー協会からオファーをいただきました。他者に乞われて登壇するのはまさに光栄の至り。万全の準備をして当日を迎えたいと思います。また、まだ詳細は言えませんが、9月には地元のNPO法人から環境啓発に関するセミナーのオファーもいただいております。嬉しいですね、ほんと。自分、オファーがある限り、日本全国どこへでも行きます。

※3 「死ぬ瞬間の5つの後悔」
ブロニー・ウェア著、仁木めぐみ訳。2012年に新潮社から発刊されています。世界26か国語で翻訳されているベストセラー。「明日死ぬ、そのときなにを思うだろう。数多くの「最期」を看取った女性介護人が死の床で聞いた、誰にも共通する後悔とは?」。人が死を迎えるときに思うことには、国境も人種もないのだと実感しました。こういう言い方はあれですが、セミナーでもぜひお伝えしたいような内容でした。おすすめの終活本です。

※4 スティーブ・ジョブズ
世界的なイノベーター、という肩書きが適切でしょうか。1955年生まれ。生まれる前から養子に出されることを決められ、実母と再会したのは30歳のとき。大学を中退し、友人とアップル社を創業するも、のちに放逐される。復帰後は経営陣のほとんどを解雇し、復活を遂げました。わたしは熱心なアップル信者でも何でもないのですが、こうしてみると極端なくらい波乱万丈な人生、ですね。

※5
 ビジネスを勝ち抜くための金言を数多く残している
ジョブズのいちばん有名な名言と言ったら何でしょう。「他人の人生を送ってはならない」でしょうか。これは本当に難しいですよね。やりたいことをやって批判されるくらいなら、周囲が望むことを忖度しておとなしくしているほうが、ずっと楽ですからね。とはいえジョブズに言われるまでもなく、人生はただの一度きり。後悔はしたくないものです。今回の本文のジョブズの名言は、「スティーブ・ジョブズ名言集」(PHP研究所)を参考にさせて頂きました。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15120603)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
とあるラーメン屋さんで、トッピング券を渡すとひとつだけトッピングを増やしてくれるサービスがあります。ステキ! なんですが、行くと必ず2枚くれるんです。1枚使用すると、精算時に2枚くれる…。どうしたらいいの? 永遠に増えていくんだけど? ちなみに決してラーメンばかりを食べているわけではありません、ちょっと自信ないけど。

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第22回 死後離婚、という言い方はおかしいけれど

正しくは姻族関係終了届と言います

みなさま、こんにちは。株式会社三共の吉川徹でございます。わたしのテキストの遅さゆえにしばらくぶりでございますが(笑)、いかがお過ごしでしょうか。本日も宇宙に浮かぶスペース・デブリが透けて見えそうなくらいの晴天になっておりますが、夏、好きですか。

さて、今回のテーマは「死後離婚」。言葉自体はみなさまもどこかで耳にしたことがあるかもしれません。「死んだ相手とは、結婚も離婚もできないと思うけれど?
」と思ったあなたは正解。日本では死亡した相手との結婚は不可(※1)。また、配偶者が死亡した時点で自動的に離婚は成立します。

したがって。「死後離婚」という単語は造語で、正しくは「姻族(いんぞく)関係解消届」と言います。「姻族」というのは、結婚によって生じる義理の両親・兄弟との関係をさし(血族という言葉の対義語ですね)、わかりやすく言うと、マスオさんから見た磯野家の人々(波平・フネ他)がこれに該当します。 

「死後離婚」というのはすなわち、サザエに先立たれたマスオさんが、義家族との関係を一切合財断ち切りたいと思い、先の書類を提出する行為を言います。マスオさんにはお茶の間の我々には言えない、何か不満があったのかもしれません(笑)。

 

 

 

立場に準拠した人間関係は、簡単に崩壊する

例えばこういうケースがあると思います。夫が他界し、妻と高齢の夫の両親が残りました。義理の両親も親族も、今までどおり残った妻(嫁)が両親の世話をすると思いきや、「わたしにも高齢の両親がいますから、夫との死別を機に実家に帰らせていただきます」と言って、姻族関係を解消して実家に帰りました。

このような姻族関係終了届の提出が年々増えている(※2)そうです。実はこの書類を出さなくても、義理の両親を扶養する義務はない(※3)のです(そして義理の両親からの相続もありません)。「だったらそんな手続きをしなくても、先の女性は勝手に実家に帰ればいいのに」と呑気なわたしは思うのですが、とかく世間は世知辛いもの。「年老いた両親の介護は嫁の仕事」という概念が強いのでしょう。

人間関係は個人が基本。配偶者が他界した後の義家族との関係は難しいですよね。今までよくしてもらったからこれからも同じように交流を、というケースもあれば、さんざん家政婦のようにこき使われてもうまっぴら、これを機に舅・姑とは関わりたくない、というケースもあると思います。稼業や財産や孫がからめば、問題はより複雑になるでしょう。

残念ながら、家族というものは無条件に素晴らしいものではなく、それを構成するすべての人々が精一杯の努力をして、初めて素晴らしい家族になるものなのです。そして、誰かひとりがつらい思いをしているのなら、その人はそっとその場を離れるべきなのです。

そういう意味において、姻族関係終了届の増加はいろいろ考えさせられる現象ですよね。ちなみに手続きは簡単、書類を1枚役所に出すだけ(※4)です(もっとも結婚も離婚も紙1枚で成立します)。また、姻族との関係を終わらせても、亡き配偶者から相続した遺産や遺族年金は、変わらずに受け取ることができます。

 

 

 

子供の結婚相手なんて、「究極の赤の他人」である

逆の立場になって考えてみましょう。「関係を解消したい」として提出された姻族にしてみれば、裏切られたと感じるかもしれません。何せ「縁を切りたい」という一方的な通告書なのです。せめて息子の財産は置いていけ、とか、せめて孫だけは、なんて争いになるケースも実際にあるそうです。でもこれも、おかしな話ですよね。

執着をしない。終活ではとても大事な考え方だと思います。以下は、わたしの個人的な考えですが、自分で選んだはずの結婚相手ですら、ままならないもの。自分で選んで連れてきたわけではない子供は、もっとままならいもの。だとしたら、子供の結婚相手なんていうものはもはや、「究極の赤の他人」でしかありません。

何ひとつ共有できないそうにない、というところから人間関係を構築するしかありません。絶望や皮肉ではなく、マナーとして。

人間関係に過度に執着しない。自分たちの世代はこうだった、嫁が義両親の面倒を見るのは当たり前だった、という話をしても仕方ありません。そもそも嫁という概念が揺らいでいるのです。仲良くできるのならそれでいいし、うまくいきそうにないのなら距離を取るしかありません。

姻族関係終了届の増加は、現代の家族の在り方の難しさを物語っていると思います。端的に言えば、「家族(身内)が苦しい」(※5)のかもしれません。

解決策は執着しないこと。簡単にはできないことですが、「人が年を取るのは何かを学ぶためである」ということで。最後はずいぶん説教臭くなってしまいました(笑)。それでは、また。

かくいうわたしは、相当にケ・セラ・セラな人間なのです。あれ、これ古い?

 

 

 

※1 日本では死亡した相手との結婚は不可
「日本では、ってどゆこと?」と思ったあなたは正解。外国では死者と結婚した例があるのです。2002年のフランスでのお話です。ひとりの女性が婚約者を交通事故で亡くしました。結婚を約束していた彼女は深く悲しみ、首相に慈悲を乞いました。ですがフランスは愛の国。首相は法と自らの権限により、彼女の願いを聞き届けました。翌年、かくして彼女は黒いスーツで結婚式に臨み、式の終了と同時に未亡人となりました。おしまい。この話(事実です)のすごいところは、彼女の一途な思いより首相の英断より、そもそも「死者との結婚を認める法がある」ということだと思います。ロマンティックですよね。

※2 姻族関係終了届の提出が年々増えている
法務省の統計では平成27年は2,783件、この10年で1.5倍に増えているとのこと。そして提出するのはほとんどが女性だそうです。確かに男性が提出するイメージはないですよね。妻を亡くした夫に対して、義理の両親が「わたしたちの老後の面倒を見るのは当たり前だ」とはなかなかならないですよね。老後の面倒を見るのは子の責務ではありません。国、です。年金も介護も、そのために国が制度を整えているのです。介護は国の仕事。家族をベースにした制度設計には無理があるのです。

※3 義理の両親を扶養する義務はない
法律的な話になりますが。夫が死亡した場合、妻を含む3親等の家族までは両親の扶養義務があるそうです。しかし実際に義務が発生するのは、「残された妻は両親を扶養せよ」と家庭裁判所が命令したときだけ。それがないときは扶養しなくてもいいそうです。しかも命令が出たときは、姻族関係解消届を出せば瞬時に無効にできます。つまり法律上は、「残された配偶者はいつでも義家族と縁を切ることができる」ということ。覚えておいて損はない法律知識だと思います。あなたがどちらの立場であるにせよ。

※4 ちなみに手続きは簡単、書類を1枚役所に出すだけ
書類は紙1枚のみ。本籍地か、住所地の市区町村役場に提出するだけで、期限はありません。死別して30年後に出すことも可能です。この手続きができるのは残された配偶者側だけで、義家族側はできません。受理後に義家族側にその旨の連絡がいくこともありません。また、結婚する前の姓に戻すこともでき、この書類を「復氏届」と言います。ちなみに「義家族」という言葉はあまりよくないと思いますが、わかりやすさを優先して今回は使用させていただきました。

※5
 「家族(身内)が苦しい」
たまに夫が妻を殺す(あるいは妻が夫を殺す)事件が起きます。こういうニュースを聞くと、殺すくらいなら離婚すればいいのに、なんてわたしたちは安易に思いますが、そうはいかない当事者間の事情があるのでしょう。話は多少それますが、警察庁の平成24年の統計によると、家族・親族間の殺人は全体の53.5%を占めるそうです。ここでいう家族・親族間はいわゆる内縁の関係も含めるそうですが、半数以上が家族に殺されているという事実。まさに「家族(身内)が苦しい」のだと思います。自然発生的に素晴らしい家族が構築できるわけではないし、家族に苦しんでいる方は、その関係を解消することを真剣に考えるべきだとわたしは思います。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級インストラクター(15120603)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
「召し上がれるぶんだけよそってください」。ランチで入ったラーメン屋さんの、無料ごはんコーナーにこう書いてありました。何もかも、納得。無料サービスに甘え過ぎてはいけません。少なめによそおって、何杯もお代わりをすればいいんだしね、うんうん。・・・よそおい過ぎました。うぷ。午後の仕事に支障がでそう。おまえはリアルさんきょちゃんか。