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第12回 遺言書を書きましょう・その1

遺言はお好き?

皆さま、こんにちは。株式会社三共の吉川徹でございます。前々回の第10回で「相続」についてお話ししました。今回はその流れで「遺言」(※1)がテーマになります。遺言、お好きですか? いやいや、たぶん好きではないですよね(笑)。

例えば、「今のうちに遺言を書きましょうよ」と他者にすすめられて、「そうだなあ、じゃあ用意しておくか」なんて素直に思う人はいないと思います。それは決して、「死ぬ準備をしましょうよ」という意味ではないのですが、いい気分はしないですよね。

そして。「まだまだ元気だから遺言は必要ないよ」と返してしまいそうですが、元気でなければ遺言は書けません。痴呆になったり、意識を失ったりしてからでは間に合いません。とまあ、理屈はその通りなのでしょうが、しかし重い腰が上がらない。それが「遺言の作成」なのだと思います。

ちなみに。結論だけを言うと、遺言は作成しておいたほうがいいです。これはもう、絶対に。
 

 

 

 

法的安定性に欠ける、ということ

遺言には大きくわけて、「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」のふたつ(※2)があります。

自筆証書遺言はその名の通り、「すべて自筆で書かれた」遺言になります。必要な物は紙とペンと印鑑(印鑑は何でも可)。メリットは何と言っても気軽に書けること。デメリットは、気軽に書けるが故に安定性に欠けやすい、ということです。

詳しく説明しましょう。遺言はそもそも民法に従った法的な文書になりますので、書式がきちんと決まっています。そして法律の専門家ではない我々が書こうとすると、ついついその書式から外れてしまう。結果、せっかく作成した遺言が無効と判定されてしまう、ないしはその可能性が高くなる、ということです。

例えば。本文をワープロで書いて署名だけ自筆した(すべてを自筆で書く必要があります)、日付を「2016年12月吉日」とした(年月日が正確に必要)等、これらのケースは遺言として無効になります(そして当人が死亡していますので、当然再提出ができません)。法的な文書を法的な知識のない素人が書くのは危険である、ということだと思います。

加えて申し上げると、自筆証書遺言は紛失・偽造のトラブルにも遭いやすいと言えます。亡くなった父の書斎から遺言状が出てきた、こっそり中身を見たら自分に不利な内容が書かれていた、だったら! ということで、悪意のあるひとりがその場で処分してしまえば、これはもうそれきりです。あるいは火事や地震などの自然災害で失う可能性も(※3)あるでしょう。

 

 

 

残された家族への愛情を形にしたもの、それが遺言である

さらに! 自筆証書遺言の一番のデメリットは(すみません、まだあるんです・笑)、「開封までに時間がかかる」ということです。遺言に封がしてある場合、これを開封するためには家庭裁判所の「検認」という手続きが必要になり、あまり知られていないと思いますが、勝手に開封すると10万円以下の過料が発生します。

例えばドラマでありそうなこんなシーン。葬式が無事に終わったその夜、兄弟や親戚等の親族が全員集まっている席で、故人の長男が一族を代表して厳かに遺言状を開封する。一同、どきどきしながらこれを傾聴する。・・・・・・すみません、法令違反です。勝手に開けないでください(笑)。弁護士の先生でも駄目です。

これはもちろん、遺言の偽造を防ぐために設けられた手続きなのでしょうが、ともかく中身を確認するまで時間がかかります。開封までにトータルで2、3ヶ月かかる(※4)とも言われ、実際には四十九日の法要にさえ間に合わないかもしれません。

ということで。メリットは気軽に書けること、デメリットは数知れず。それを思うと、自筆証書遺言はやっぱりおすすめできません。推奨は公正証書遺言(※5)になるのですが、スペースが足りなくなってきましたので(笑)、こちらは次回にご説明します。

遺言を残す一番の目的は、「争族を防ぐこと」。残してきた家族にはもちろん仲良く暮らしてほしいですよね。多少面倒であっても、遺言をきちんとした形で残すことでそれがかなうのですから、そのコストを厭(いと)うべきではありません。「残された家族への愛情を形にしたもの、それが遺言である」とわたしは思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

 

※1 遺言
遺言に対するイメージの悪さのひとつに、「遺書(いしょ)」と勘違いしている、というのがあると思います。遺書を用意しておけ、と言われれば、これは確かに心理的に抵抗しちゃいますよね。お父様、お母様、先立つ不幸をお許しください、というのが遺書の類ですが、遺言と遺書は違います。ちなみに弁護士は「遺言」を「ゆいごん」ではなく、「いごん」と読んだりします。法曹界用語、ですね。

※2 「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」のふたつ
それ以外にも「秘密証書遺言」や「危急時遺言」というものもあります。これらはどういうものかと言うと、・・・すみません。さすがにわたしの手には負えません(笑)。

※3 火事や地震などの自然災害で失う可能性も
「いや、普通はそれを見こして銀行の貸し金庫に保管しておくでしょ?」。そう判断した方、実はそれが一番困るんです(笑)。故人の貸し金庫の開封は、極めて煩雑な手続きが必要になります(むしろ簡単に開封できたら金庫の意味がありません)。故人のすべての戸籍、相続人全員の戸籍・実印のある書類・印鑑証明等々。遺産分割協議のスタート時点に立つ前にすでに疲労困憊、なんていうことにも。貸し金庫は作家が未発表小説を保管しておくには便利ですけどね、うんうん。

※4
 開封までにトータルで2、3か月かかる
検認には、「遺言者の出生から死亡までの戸籍謄本」と「相続人全員の戸籍謄本」が必要になります。場合によってはこれに1か月かかり、また裁判所もすぐに仕事をしてくれるわけではないので(笑)、ここでもう1、2か月かかると言われています。したがって遺言のなかに葬儀に関する本人の希望が書かれていも、もうとっくに終わっていることになります。葬儀に関する希望はエンディングノートに書いておきましょう。

※5 推奨は公正証書遺言
公正証書遺言の説明を簡単にしておくと。こちらはその場で専門家と相談しながら書きますので、法的安定性はばっちりです。また第三者の立会いも入りますので、構造上「偽造」とは無縁。さらに。公的機関が保管しますので「紛失」もあり得ません。とまあ、自筆証書遺言の欠点をすべてカバーしてくれる優れものになります。デメリットはお金がかかること。詳しくは第13回の当コラムで。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
気が付いたらもう年末です。1年が過ぎるのは本当にあっという間ですね。年齢を取るのもあっという間です(笑)。この1年を振り返って、自分自身、成長できているかどうか考えなくてはなりません。・・・といつも思うのですが、客観的な指針があるわけでなし、よくわかりません。年齢を取れば取っただけ成長できるわけでもないですよね、うんうん。などど「リアルさんきょちゃん」みたいなことを言ってみましたが、みなさんご自愛くださいませ。

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第11回 戦国3兄弟の終活・秀吉編

足軽から関白まで登りつめた男

株式会社三共の吉川徹でございます。固い話が2回続きましたが、今回は再び例のあれ。「戦国3兄弟の終活」、中編は豊臣秀吉です。安心してください、わたしは歴史の専門家です(※1)。ちなみに書いている本人がいちばん楽しんでいます(笑)。

豊臣秀吉は1537年に現在の愛知県名古屋市に生まれ、1598年に死んでいます。農民・足軽の出身で、今なお出自がはっきりしません(※2)。享年61歳。母親の再婚相手と折り合いがつかず、若いころに家を飛び出して各地を転々とし、織田家に仕えてからはとんとん拍子で出世。関白にまで登りつめて、最後は天下人になりました。

ちなみに浜松にも滞在していたことがあって、頭陀寺城に出仕していたそうです。これは「ずだじ」と読むのですが、地名は今も「浜松市南区頭陀寺町」として残っています。わたしはこの話を聞いて以来、車で頭陀寺町を通るたびに秀吉を偲ぶようになりました(笑)。日本史史上最も出世した人物、それが太閤秀吉です。

 

 

 

秀次さえ生きていればこんなことには・・・

秀吉は京都・伏見城で最後を迎えるわけですが(死因は病死とも老死とも言われています)、跡継ぎの秀頼(ひでより)のことを、何度も何度もよろしく頼むと懇願しながら死んでいきました。家督を継いだ秀頼(※3)は当時5歳ですから、当然、後見人が必要になります。それがいわゆる「五大老・五奉行」の集団統治体制だったのですが、その後の物語をわたしたちはよく知っています。

小牧・長久手で破ることができなかった、終生のライバル家康。秀吉の死後、家康は徐々に政権を侵食し、豊臣恩顧の大名を取り込み、関が原で天下を簒奪して幕府を開闢(かいびゃく)、大坂の陣で豊臣家を断絶させました。秀吉の死後2年で関が原、17年後に大坂の陣ですから、ずいぶんと短い間に歴史が動いたなあという感じがします。

秀吉が死んだ時点で跡継ぎが5歳ですから、これはどう考えても先行きは不安定です。そしてそんなことは秀吉も百も承知でした。ではどうすればよかったのでしょう。そう、「殺生関白」の秀次(ひでつぐ)がキイパーソンでした。

豊臣秀次は秀吉の姉の子で、後に秀吉の養子となり、家督を継いで関白にもなっています。秀頼より25歳年上ですから、ちょうどいい年齢差。彼が中継ぎとして豊臣家を支え、秀頼が元服の際には家督を譲って、「太上天皇ならぬ太上関白」にでもなればよかったのです。また艶福家でもあった秀次には多くの子がいましたから、その子たちも「株式会社豊臣家」を担う人材になったことでしょう。

でももちろん、そうはなりませんでした。秀次は謀反の疑いをかけられて高野山に蟄居、切腹させられています。そして秀吉の命によって一族郎党も処刑されました。

 

 

 

難波のことは夢のまた夢

秀吉はおそらくは子ができにくい身体であったと考えられます。故に男子の数も少なく、自分の後を5歳の幼児に託す羽目になりました。秀次は謀反の疑いがあったとされてきましたが、実は現在ではその説は否定されていて(※4)、「秀次はみずから出奔した」と考えられています。

後継者候補に悩む秀吉にとって、秀次は「豊臣の血を継ぐ数少ない成人男子」。みずから彼を処刑して、豊臣政権が揺らぐような愚行を秀吉がするはずがありません(秀次が自死した後、話の辻褄を合わせるために謀反説を作ったと言われています、一族郎党への苛烈な処分もそのリアリティを出すためだったのかもしれません)。

残念ながら秀吉の終活は「落第」。秀次というカードを1枚失っただけで選択肢が極端になくなりました。子ができにくい自分の身体のことを考慮し、若いころからもっと真剣に手元のカードを増やす努力をすべきでした。女好きの悪評のある秀吉ですが、色欲ではなく、一家繁栄のための相手選びをしておくべできだったのです。

とはいえ、さすがにそれは言い過ぎで(苦笑)。スタートラインが農民・足軽という最下層出身の秀吉(※5)には、人生は短すぎたのだと思います。深慮遠謀を張り巡らせる時間的余裕は、彼にはありませんでした。ひたすら軍功を上げ、国家安寧のための施策を広め、戦国の世を終わらせる先達になるのに精一杯だったと思います。

秀吉の辞世の句に「難波のことは夢のまた夢(現世は一瞬の夢のようなものだ)」とありますが、文字通りの栄枯盛衰を目の当たりにしてきたわけですから、達観はしていたと思います。

死の間際、これから豊臣家はどうなると思いますかと質問していたら、聡明な秀吉はこう答えたんじゃないかと勝手に思っています。そりゃもちろん、家康が天下を獲るだろうね、気に入らなにゃあけどね、と。

そしてその予想通り、終活まで抜かりなかった家康の手に天下が治まることになります。

 

 

 

※1 わたしは歴史の専門家です
しつこいですが、わたしは塾の講師時代に「中学生の社会科」を担当していました。中学生の社会科は地理・歴史・公民からなるのですが、地理、苦手だったなあ。フォッサマグナ、パークアンドライド、モノカルチャー経済、なんていうのを教えるのですが、苦手というより、教えていてつまらないんですよね(笑)。ちなみに公民は好きでした。ジャン・ジャック・ルソー! 懐かしいなあ。

※2 今なお出自がはっきりしません
秀吉の父は木下弥右衛門とされていますが、この人の出自がはっきりしません。職業も農民という説、織田家の足軽という説、あるいはもっと下位層の出身とも。秀吉は7歳のときに実父と死に別れ、母親の再婚相手には日常的に虐待をされていたそうで(何だか現代的・・・)、13歳で家出。そこからとんでもないサクセスストーリーが始まるのですが、低い身分出身故に幼少時代の文献が少ないのも事実。どこまでが史実でどこまでが後世の虚構なのか、秀吉は特にわかりにくいんですね。

※3 家督を継いだ秀頼
母は晩年の秀吉が溺愛した淀殿(信長の妹の子)、享年は21歳でした。有名な生存説に「花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて」というのがあるのですが、ある書物には「身長197cm・体重161kg」とありますので、さすがに「花のようなる」は無理があるかと。幼少の秀頼のイメージのまま作ってしまったんだと思います。何にせよ、充分な体躯を持った立派な成人だったと言われています。でも、さすがに身長197cm・体重161kgは言い過ぎ(笑)。秀吉は150cmくらいだし。

※4 現在ではその説は否定されていて
江戸時代に書かれた書物はことさら豊臣家に不利に書かれていて、当然そのバイアスは考慮すべきです。秀次を関白にしたものの、その後に生まれた実子の秀頼が可愛くなり、秀次に因縁をつけてこれを抹殺した、というのが従来の説でしたが、どうもそうではないようです。「殺生関白」も秀次の残虐な性格を表現したものですが、これも後世の作り話。「死人に口なし」で晩年の秀吉は耄碌(もうろく)したと悪く書かれていますが、もう少し丁寧に見ていく必要があるとわたしは思います。

※5 農民・足軽という最下層出身の秀吉
「戦国3兄弟」なんてわたしも簡単にくくってみましたが、信長・家康は弱小ながらも「大名の子」。生まれながら家臣がいる身分とそうでない秀吉では、そもそものスタートラインにおいて、雲泥の差がありました。したがって秀吉は自分の部下を獲得するのに苦労するわけですが、そこから関白(天皇の代理人)になるのですから、本当に並大抵の話ではありません。関白ですよ、奥さん? 秀吉の功績はまだまだ不当に評価されていると思うのは、わたしだけなのでしょうか。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
皆さんは好きな言葉、ありますか。いつかインタビューで訊かれた用に考えてみました(笑)。ずばり、「禍福はあざなえる縄のごとし」。「禍」は災い、「福」は幸運という意、「あざなえる縄」はからみ合っている縄ということです。曰く、何が幸運で何が不運かは一見ではわからない、といったところでしょうか。物事の表面にとらわれないようにしたいと思っています。

第10回 相続税なんてかからない

相続はお好き?

すっかり秋風が頬をなでる季節になりましたが、皆さま体調は崩されてはいないでしょうか。終活カウンセラー上級の、株式会社三共の吉川徹でございます。今回のテーマは「4,800万」、相続税のお話です。結論はずばり、「相続税なんてかからない」です。

皆さまは相続、好きですか(笑)? わたしは終活セミナーをするとき、ほぼ必ず「終活クイズ」をするのですが、いちばん盛り上がるテーマが「相続」。どの立場だとどのくらいもらえて、どの関係だとどのくらい減るのか、他人事だとしても興味がありますよね。

ということで、ちょっとだけやってみましょう。「妻とふたりの子供がいるが、下の子供には遺産を分けたくない。その旨を遺言状に書いたので、これで大丈夫だろう」。下のお子さんと何かあったんですかね(笑)。では皆さん、お手元の「○×カード」を上げてください。ほほう、そうなりましたか。では正解は下の欄外で(※1)。 

 

 

 

「3,000万円 + 法定相続人 × 600万円」

最初に4,800万という数字を出しましたが、これはどういう数字なのでしょうか。「夫婦と子供ふたり」というのがよく使われる家族構成なのですが、夫(ないしは妻)が亡くなって相続が発生した場合、相続税の基礎控除額が4,800万円なのです。

計算方法としては、「3,000万円 + 法定相続人 × 600万円」になります(この計算式、テストに出ますからね?)。

したがって、遺産の総額が4,800円万以下なら相続税はかかりませんし、それ以上であれば相続税の申告が必要になります。そしてわりに有名な話ですが、この相続税の基礎控除額は2015年1月から現在の額に縮小され(※2)、より多くの人が課税されるようになりました。ですが! どうでしょうか、皆さま。遺産の総額、4,800万円以上もありますか・・・?

この相続税の控除額引き下げの発表以来、あたかも多くの人に相続税がかかるかのように喧伝されました。「これだけはやっておきたい! 我が家の相続税対策」みたいな特集が雑誌で大々的に組まれ、マンション経営を始めとした「相続税対策ビジネス(※3)」が跋扈(ばっこ)しましたが、落ち着いてください。

現在、相続税がかかるとされる世帯は6%から8%と言われています。つまり、相続税対策が必要なのは上位8%の裕福な世帯だけであり、表現は難しいですが、残りの92%の標準世帯にはまったく関係のない話なのです。「相続税なんてかからない」のです、9割以上の人には。

 

 

 

対策よりも、払ったほうが早いよ、相続税

では遺産の総額が1億円あった場合はどうでしょう。先ほどの設定の子の場合、相続額は4分の1の2,500万円になります(配偶者が半分の5,000万円、子供全員で5,000万円を等分します)。

相続税の基礎控除額が4,800万円ですから「10,000−4,800=5,200」、5,200万の4分の1を相続しますから、1,300万円に対して課税されます。この場合、課税額は15%(と控除額が50万円)ですので・・・、うーん、わかりにくい!(※4)

解だけを言ってしまうと、1億円のうち2,500万円を相続し、支払う相続税の額は145万円です。・・・・・・、これ、どうでしょう。わたしは別に税務署の出向スタッフではありませんが(笑)、これくらいであれば正直なところ、素直に相続税を払ったほうが「安くすむ」のではないでしょうか。

親に1億円の財産があったとしても、相続税対策なんて必要ない。それがわたしの立場です。相続税ビジネスに手を出すほうがよっぽど高コストです。国に大金を払うなんて馬鹿馬鹿しい、という声も聞こえそうですが、わたしはそれにも反対です。税金を払うことことと、税金の使い道を精査することは別です。

相続税対策ビジネス、どうか安易に手を出さないでいただきたいなと思います。

では、最後にもう一問だけ。「3億円の資産のある夫が亡くなったが、妻であるわたしにはしかし、法定相続分なら相続税は1円もかからない」。○か、×か。どうでしょう、悩みますねえ。しかし、夫は何の仕事をしていたんでしょうねえ(笑)。こちらの答えも欄外に用意しておきます(※5)。それでは皆さま、またお会いしましょう。

 

 

 

※1 正解は下の欄外で
正解は「 × 」です。配偶者・子・親には「遺留分(いりゅうぶん)」というのが認められていて、一定の割合の遺産を相続する権利を有します(兄弟に遺留分はありません)。したがって、上記の遺言状はある意味で無効となるだけでなく、残された家族に無用の遺恨を残しますので、書き直すことをお勧めします(笑)。正解率は80%(個人調べ)。遺留分は結構、知られていますよね。

※2 相続税の基礎控除額は2015年1月から現在の額に縮小され
それまでの基礎控除額はどうだったかと言うと、「 5,000万円 + 1,000万円 × 法定相続人」でした。同じ設定だと8,000万円になり、対象者は全人口の約4%でした。そう考えると、確かに大幅に引き下げられたと言うことができます。なお、文中では相続税対策はまず必要がないと書きましたが、「大都市で戸建ての家がある」方は要注意。土地の評価額次第では、簡単に課税ラインを突破してしまうんです。

※3 相続税対策ビジネス
相続税対策ビジネスでもっとも多いのがマンション経営です。とあるサイトでは、「投資用マンションで相続税が約60%軽減できます!」とのこと。100万円の相続税を0円にできる、という事例が載っているのですが、マンション経営はもちろん純然たるビジネスです。その人にとっての新規事業になるのですから、覚悟も技術も必要になります。100万円の節税のため、という理由で始めるビジネスが果たしてうまく行くのでしょうか・・・。どうか甘いお話にはのらないでくださいね。

※4
 うーん、わかりにくい!
わかりにくいですよね(笑)。一応、計算過程を載せてきます。残りの1,300万円に対して課税されるのですが、「1,000万円以上 / 3,000万円以下」の場合は税率が15%になりますので、「1,300万 × 15% = 195万」。さらに総額に応じて控除額も設定されており、この場合は50万円になりますので、「195万 − 50万 = 145万」。相続税は145万円、になります。なお相続税の申告は税理士のみができる業務ですので、実際はお近くの税理士にご相談ください。

※5 こちらの答えも欄外に用意しておきます
正解は「 ○ 」です。1円もかからない、なんて言われると迷いそうですが、配偶者には「税額軽減」という制度があり、これを適用すると「法定相続分(ないしは1.6億円)」であれば、相続税はかからないのです。ちょっとびっくり(笑)。「寡婦から税を徴収することはありません」という行政の善意に満ちた声が聞こえてきそうですね。「そのぶん子供から取りますから」。・・・ええっと? ということで、配偶者は相続税がかからない。覚えておいてくださいね。こちらの正解率は20%です(自分調べ)。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
アグレミーナ浜松、皆さまはご存知でしょうか。浜松市に本拠地を置く、プロのフットサルチームです。わたしたち三共はクラブスポンサーとして応援しているのですが、是非、多くの方に試合会場に行ってほしいなと思います。次節のホームゲームは、10月28日(金)です! ちなみに、無料で観戦チケットをプレゼントしていますので、どうぞ弊社までご一報を(笑)。