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第15回 お正月の席こそ終活の話を

明けましておめでとうございます。

皆さま、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。株式会社三共の吉川徹でございます。お正月はいかがお過ごしだったでしょうか。

終活とはまったく関係のない話になりますが。わたしは1・2・3日と仕事は休みだったのですが、3日の22時頃からお腹が痛くなり、4・5日と仕事を休んでしまいました。嗚呼、正月明けから何たる不覚(※1)。6日も午前中で早退してしまい、散々な新年のスタートとなりました(笑)。

ちなみに内科の診断は「感染性胃腸炎」。嘔吐・下痢をともなうがノロではなく、食中毒でもなく、流行の病気だそうです。何かが悪かったわけでもなく。単純に休暇中で気が抜けていて、抵抗力が下がっていたんだと思います。ともあれ仕事が滞り、多くの方にご迷惑をおかけました(※2)

 

 

 

2017年の目標

日々、そんなに気を張って仕事をしているわけでも何でもないのですが、少しの休暇ですぐにダウンしてしまうところがあります。オフになると主電源まで落ちてしまう、そんなタイプです。あまり褒められた話ではありませんよね。

「休暇に入ってオフにしてしまうと、オンに戻すのにとてもエネルギーがかかりますよね。したがってオフにするのではなく、仕事のボリューム(音量)を小さくする、という風に考えるとうまくいくかもしれません」。これはとあるセミナーで聞いた言葉なのですが、まったくのそのとおり! そしてどうやら実践できていないみたいです(泣)。


さて2017年ですが、個人的な目標として、終活カウンセラーとしてさらなるステップアップを遂げる1年にしたい、と思っています。終活カウンセラーの上級資格(※3)を取ったのが2015年12月。そこから1年以内にセミナーを開催することを目標にし、それは叶いました。こうして(自分自身の)勉強のために始めた終活コラムも、半年が過ぎました。

去年は、昭和の言葉で言うところのホップで(笑)、今年はステップの年です。2月からは「終活カウンセラー上級インストラクター」(※4)の勉強会が始まりますし、3月には次のセミナー開催も決まっております。「走りながら考える」、流行病に足を取られながらも(笑)、今年も何とか走り抜きたいと思います。弊社のさんきょちゃんともども、どうぞ可愛がってくださいませ。

 

 

 

今年は浜松でも初級検定がありますので、ぜひ

では、終活の話を。「人生の終焉を見つめることで、今をより良く、自分らしく生きる活動」、それが終活の正しい定義です。「終活はまだ早い」とか、「縁起でもない」とか、「自分には関係がない」とか、そういったことは当てはまりません。

わたしの娘は10歳なのですが、10歳の子供にも終活は大切です。自分の人生をどう生きていくのか、そしてどう死んでいくのか、考えなくていい世代なんてありません。

正月に家族が集まった席で、せっかくだからと、希望する終末医療やお墓、葬儀、相続のことをざっくばらんに話せる風景が常になる日を心から願っております。


最後に宣伝です(笑)。終活カウンセラー初級の資格試験は全国で開催しているのですが、2017年4月には浜松で開催されます。しかも会場が、浜松市南区の「アルラ」! 何がびっくりマークなのかと言うと、弊社の事務所から徒歩5分なんです! ちょっとおもしろい(笑)! せっかくなのでわたしの部下を無理やり送り込んでみました(笑)。

興味のある方はぜひお申し込みを。ええ、そうなんです。卸商団地の「アルラ」(※5)です。

 

 

 

※1 正月明けから何たる不覚
一般廃棄物収集運搬業たるわたしたちは、365日、トラックが動いております。世の中に年中無休の店がある限り、うちも年中無休なんです(笑)。人間が活動すれば必ずごみは出ますからね。正月明けは特に忙しくて、年末は念入りに配車のシフトを組んで、「誰も休むなよ、いいな?」などと言っていたことは、もちろん秘密でお願いします。いやあ、ベッドで横になっているしかなくて、最後は腰が痛くなりました。しばらくはいい子にしていますね。

※2 ともあれ仕事が滞り、多くの方にご迷惑をおかけしました
まず、○○のステッカーの修正をしてほしいと言われていたのですが、それを代理店に発注することができませんでした。それから、考課表を作成して○○さまに提出しなくちゃいなかったのですが、それもできず、先方から何度も催促が・・・。とんだご迷惑を・・・、って、あれ? ん、これだけ? 別にわたしがいなくてもさして困ってない、ですかね。逆に困りました。

※3 終活カウンセラーの上級資格
当コラムを書くために確認してみたら、資格取得日が2015年12月19日でした。何となく2016年だと思っていたので、少しびっくり。ちなみに初級を取得したのが、・・・ない。免状がない。おかしいな、どこにいったんだろ。わたしは本当に取ったのでしょうか。ちなみに乙種第4類の取得は2014年7月31日です。ガソリンスタンドでの深夜バイト、自分、入れます。

※4 終活カウンセラー上級インストラクター
って何、ですよね(笑)。終活カウンセラーの初級資格は、「自分でエンディングノートを書くことができる」というラインになります。上級は、「他人にエンディングノートを書かせることができる」。そして上級インストラクターは、「初級資格者を育成することができる」だそうです。知識はもちろん、具体的にはセミナーを主宰する講師としてのABCも学ぶことになります。大変そうですよねえ、うんうん。

※5 卸商団地の「アルラ」
「浜松市南区卸本町37」にある会場です。いやあ、こんなところでもやるんですねえ、という個人的な興奮は皆さんにはきっと伝わらないと思います(笑)。当日のボランティアスタッフ募集のメールが来たので、さっそく参加で返信したのですが、あえなく落選に。徒歩5分の距離なのに(泣)! 初級資格は本当に気軽に取れますので、おすすめです。そうそう、試験当日はぜひ帰りに当社にお立ち寄りを(笑)。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
今回はコラム本文が近況報告みたいになってしまったので、書くことがなくなってしまいました(笑)。ちなみに今年の5月で40歳になります、ええ。 

 

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第14回 戦国3兄弟の終活・家康編

260年の平和国家を築いた至高の政治家

皆さま、こんにちは。株式会社三共の吉川徹でございます。「戦国3兄弟の終活」、最後は徳川家康を取り上げます。どうでしょう、皆さまは3兄弟の中で誰がいちばん好きですか? 正直に言ってしまうと、わたしは信長・秀吉のほうが好きです(笑)。

3兄弟の中では「言動・行動がいちばん読みやすい」のが家康公。したがって会う機会を得ても、おそらくそんなに楽しい場にはならないような・・・ (※1)、の家康公の終活です。

家康は1542年に現在の愛知県岡崎市に生まれています(信長・秀吉・家康は全員が愛知生まれです)。幼少期は今川氏の人質として駿府(静岡市)で過ごし(※2)、「桶狭間」をきっかけに今川氏が没落した後は独立。信長と同盟を結んで力をつけ、「本能寺」の後も順調に勢力を伸ばし、「小牧・長久手」では秀吉と覇を競い合い、そして1600年に「関が原」を迎え、その後、朝廷を制して江戸幕府を開くことになります。


そして。家康公といえば、我らが浜松市のゆるキャラ、「出世大名家康くん」としても有名ですよね。「ゆるキャラグランプリ2015」では1位に輝きました、ぱちぱち。

 

 

 

分家には本家を守る盾としての役目を

家康はそもそも自身が長生きをしています。1616年に没、享年は74歳でした。信長が死んだのが48歳、秀吉は61歳ですから、激動の戦国時代を本当に長く長く生き残りました。

運よく生き延びたから天下を取れたのだ(※3)、などと揶揄する専門家もいるのですが、戦国時代において最も大切なのは「死なないこと」。仮に秀吉より先に死んでいたら、歴史は文字通り大きく変わっていたでしょう。

家康は子だくさんとしても知られ、男子は11人いました。実は家康の終活の真骨頂はここからで、(本来であれば「使い道のない末子たち」である)9男10男11男を「御三家」として家を分け、本家を守るセイフティーネットとしたのです。

具体的には、本家の血が途絶えたときは、「御三家」のうちの「尾張家(9男)・紀州家(10男)」から将軍を出すようにしました。また、その二家よりは格下とされた残りの「水戸家(11男)」は、幕府よりも朝廷に重きを置くようにし、「幕府と朝廷が争っても徳川家の誰かが生き残る」体制(※4)を作りました。

いわゆる外様大名は幕府から物理的に遠い距離に置き、政治には参画させませんでした。譜代大名は各地の要所を守らせ、御三家を始めとする親藩にも「幕府の盾」としての機能を持たせた家康。戦上手で知られる家康ですが、その本質は政治力にあったとわたしは思います。

政権と本家を長く保つためにさまざまな施策を張り巡らせた家康の終活には、まさに「トリプルA」の最高評価を与えざる得ません。

 

 

 

ご遺体は今も静かに久能山に

大坂の陣で豊臣家の断絶に成功し、その翌年に家康は駿府城で亡くなりました。死因はよく知られている食中毒、ではなく、病状から見て胃癌とされています。遺体は「久能山東照宮(静岡市駿河区)」に葬られ、1年後に「日光東照宮(栃木県日光市)」に移されました。

ところが。わたしが「久能山東照宮」に訪れた際に現地のガイドさんがこっそりこう教えてくれました。曰く、土葬されたご遺体を1年後に掘り出して日光に移したとは考えられない、従って大権現さまのご遺体は実は今でもこの久能山に眠っておられるはずだ、と。地元の矜持、という意味合いも含めて、わたしはこの説を支持します。実際には日光へは「分霊が勧請された」のでしょう。

ちなみに信長の遺体は行方不明、秀吉は葬られた場所がはっきりしていません。遺体の行方ひとつとっても、家康の終活の徹底ぶりが際立っている気がします。また、豊臣家は血が断絶(※5)、織田家と徳川家は今でも家が存続しています。


ということで。「戦国3兄弟の終活」をお送りしましたが、いかがだったでしょうか。「遺品整理士の終活コラム」も2016年の更新が今回で最後。年末に家康公が来るあたり、おめでたい感じがしますよね(笑)。皆さまにとってどんな1年だったでしょうか。どうぞ来年もよろしくお願い申し上げます。

2017年は個人的には「終活カウンセラー上級インストラクター」を目指す年にもなります。また終活セミナーも積極的に開いていきたいと思います。それではどうぞよいお年を。

 

 

 

※1 おそらくそんなに楽しい場にならないような・・・
仕事終わりに家康課長にお酒に誘われても、ちょっと行きたくないですよね(笑)。人生にもビジネスにもいかに忍耐が必要か、永遠に説教されそうです。忍耐ができそうになくなったら、さらにそこから忍耐するんだ的な。あはは、そろそろ帰りたいです・・・。ついて行くならもちろん秀吉部長。人を楽しませる天才ですから、楽しい席になりそうです。信長本部長は別の意味で遠慮、いつキレるかわからない人なので。あ、でも断ってもキレられそう。明智光秀の苦労が偲ばれますね(笑)。

※2 幼少期は今川氏の人質として駿府で過ごし
これ、実はすごく変な話なんです。当時の松平家(後の徳川家)は、新興の織田家と強豪の今川氏にはさまれる弱小勢力でした。父・松平広忠は生き残るために今川氏への恭順を選択、息子を人質として差し出すことを決めます。幼少の家康は駿府へと護送されるのですが、その途中に部下に裏切られ、あろうことか敵対勢力の織田家のもとに送り込まれます。信長の父・織田信秀は、家康の命を盾に織田家に従うよう脅しますが(何て悪い人)、広忠はこれを拒否。今川氏に忠義を示す意味もあって、息子を殺してくれても構わないと返答します(何て冷たい人)。家康はそのまま数年を織田家で過ごし、今川氏と織田家の再交渉の末、ようやく今川氏のもとに送られ、再度人質として過ごしましたとさ。・・・どうですか、何もかも変だと思いませんか。わたしにはどうしてもよくできたフィクションにしか思えません(笑)。

※3 運よく生き延びたから天下を取れたのだ
戦国時代は「生き延びること」が大事。今川義元のように戦場で死ぬなんてもっての外なのです。寿命はもちろん運の要素が大きいのですが、そこにコミットすることも可能なはず。「鷹狩り(適度な運動)」や漢方薬に通じていた家康は、明確な意思を持って生き延びる努力をしていました。努力が実を結ぶかどうかは絶対ではないけれど、それでもなお努力をするのが家康的生き方です。少なくない戦国大名が性病が原因で死んでいるのですが、家康はそのリスクを恐れて、プロの女性に近づかなかったとさえ言われています。ちなみに「人妻(経産婦)」を好んだのも、確実に子を宿すためだと思われます。

※4 「幕府と朝廷が争っても徳川家の誰かが生き残る」体制
大河ドラマ「真田丸」にも、兄は徳川家について弟は豊臣家を選ぶ「犬伏の別れ」という有名なシーンがあります。戦争なんてどちらが勝つかはわからない、しかし負けたほうに与した家は断絶されてしまう、そうであるのならいっそ両方にベットしてしまおう、というのは武家が古来からしてきたリスクマネジメントの方法です。15代将軍・徳川慶喜は水戸家の出身で、彼は幕府を潰しましたが、徳川家は残しました。「大権現様(家康公)に匹敵するほど優秀」と評されていた慶喜は、大祖父の意図をよく理解していたんだと思います。後世の歴史家は今でも彼を厳しく断罪しているけれど。

※5 豊臣家は血が断絶
10年くらい前のたまたま見たテレビ番組で。「なぜ豊臣家だけが血が断絶したのか」という質問に対して、とある有名な占い師が、「晩年の秀吉が多くの人を殺したその報いである」と答えていました。占い師の答えとしてはおもしろいなと思いました。仏教(因果応報)を下敷きにした明快な答えですね。ただ、多くの人を殺したという点では家康も決して劣りはしません。日本史上、「もっとも多くの人を殺した人物が、最も長い平和の時代を築いた」ということが、残念ながら言えると思います。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
今年の9月にクリエート浜松で終活セミナー(テーマはエンディング・ノート)をしましたが、次回は来年の3月24日に予定しています。テーマは、主催者側の希望で「遺言について」です。自筆証書遺言と公正証書遺言についてお話ししたいと思います。また正式に決まったら、お知らせしますね。それではみなさま。今年1年、大変にお世話になりました。どうぞよいお年を。

 

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第13回 遺言書を書きましょう・その2

法的安定性に優れる、ということ

株式会社三共の吉川徹でございます。可能なら冬眠したい季節になっておりますが、皆さま、お変わりはないでしょうか。

関係のない話ですが、静岡県浜松市はほとんど雪が降りません。「
沖縄に次いで雪が降らない地域」(※1)として有名です。したがって、ちょっとでも雪が降ると大騒ぎ。子供も大人も関係なく、誰もがテンション上げ上げで外に駆け出します(笑)。

さて、前回は「自筆証書遺言」について説明しました。メリットは気軽に書けること、デメリットは偽造や紛失も含めて「法的安定性に欠けること」。せっかく用意しておいても、自分の死後に無効になっては意味がありません。法的な文書を法的な知識のない素人が書くのは危険である、というお話もさせていただきました。

ということで、今回は「公正証書遺言」
。こちらは法的安定性ばっちり、です! 

 

 

 

自筆証書遺言の穴をすべてカバーする制度設計

公正証書遺言は、公証役場(※2)で作成します。「公証人」と「ふたりの証人」の前で確認しながら作成しますので、無効になりそうな文言はその場ですぐに修正できます。専門家の助言のもとに正確に書ける、これが何よりの優位点だと思います(病気等で行けない場合は、公証人が出張してくれます)。

また、同席をする「
ふたりの証人」ですが、こちらは遺言のなかに出てこない人物、つまり、「本人と相続関係のない人」が条件になります。作成時の中立性を守るため、ですね。故に配偶者や子供は基本、除外されると思います。おいおい、そんなことをお願いできそうな知人はいないよ、という方には、有料で紹介してくれます。

保管も公証役場になりますので、紛失の可能性がありません。

そして! 家裁の検認が必要ありませんので、すぐに遺産分割協議に移ることが可能です。遺産分割協議は実は期限はないのですが、長引くと相続人が亡くなって次の相続が発生し、どんどん話が複雑になります。遺産分割は早ければ早いほうがいい(※3)と思います。

まとめますと。

・専門家が同席するので「無効」と「偽造」がない
・役場で保管するので「紛失」
がない
・開封するための「検認が不必要」なので、すぐに中身を確認できる

に、なります。自筆証書遺言のすべての穴をカバーするように制度設計されていますので、安心・安全、抜かりはありません。デメリットは作成にお金がかかる、という点のみ(※4)です。

 

 

 

「争族」なんていう言葉がない世界に

遺言とは、残された家族への愛情を形にしたものである。前回のコラムでそう申し上げました。遺言さえあればもめることはなかったのに・・・、そういうケースが後を絶ちません。ご自身の行動ひとつでこれを防げるのですから、ぜひ覚えておいてください。

終活カウンセラーのひとりとして、「争族」なんていう言葉がない世の中になってほしいと本当に思います。

そして。遺言を残す場合は、不備の多い「自筆証書遺言」ではなく、「公正証書遺言」を選択してほしいと思います。

では最後に終活クイズをもう一問だけ。「法定相続人全員が合意すれば、必ずしも故人の遺言どおりに財産をわけなくてもよい」。○でしょうか、×でしょうか。おや、半々くらいのようですね。解答は下記の欄に(※5)。それでは皆さま、ご機嫌よう。さようなら。

 

 

 

※1 「沖縄に次いで雪が降らない地域」
この機会に浜松市を紹介させて下さい。政令指定都市である浜松市の人口は80万人。面積は2番目に広く、北は赤石山系に接し、南は太平洋に面しています。「山も海もある市」というのは珍しいのではないでしょうか。また、年間の日照時間は全国トップクラス。温かい地域なんですよ、と思いきや、実は風がものすごく強くて、冬の体感気温は非常に高いと思われます。ほんと、すごく寒いの。

※2 公証役場
法務省法務局が管轄する公証役場は全国に点在し、県内には8か所あります。相談するだけであれば無料、秘密はもちろん守られます。公式サイトには、「中立・公正な公証人が作成する有効確実な書面を残すことにより、争いを未然に防ぐことができます」とあります。頼りになりますね。

※3 遺産分割は早ければ早いほうがいい
死亡届の提出が7日以内、相続の放棄と限定承認が3ヶ月以内、故人の所得税の申告と納付が4ヶ月以内、相続税の申告と納付が10ヵ月以内、という流れになりますが、遺産分割協議には時間制限はありません。とはいえ、あまりのんびりしていると別の相続案件が発生し、相続人の増加を招きますので、「検認がいらない、すぐに開封できる」というのは本当にメリットだと思います。

※4
 デメリットは作成にお金がかかる、という点のみ
こう記すと、当然いくらでしょうかという流れになりますよね。作成時にかかる金額は、遺産の金額や相続人の人数、遺言の内容によって変わりますので、一概にいくらとはなかなか言えません。作成後に公証役場から見積もりをもらうかたちになります。その上であえてざっくり申し上げるのであれば、10万円前後とお考えください。

※5 解答は下記の欄に
正解は「 ○ 」。極端な例を言うと、全員が合意するのであれば、誰も相続しないで全額をどこかに寄付することも可能です。ですがもちろん、「全員の合意」ほど難しいものはありません。どんなに仲の良い兄弟姉妹でも、それぞれに配偶者がいれば、権利を主張して必ずもめます。遺産の多寡と紛争は関係がありません。繰り返しになりますが、遺言は絶対に必要だとわたしは思います。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
「終活カウンセラー」という資格には「初級」と「上級」があるのですが、さらにそのうえのカテゴリーがあるのです。それを「終活カウンセラー上級インストラクター」というのですが、来年、挑戦する予定です。「2日間の研修 × 2回」プラス、プレゼンを使用した最終選考があるそうで、今からどきどきしています(←ちょっと嘘)。来年はさらに終活に邁進したいと思います。