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第17回 ようこそ、わたしのお葬式へ

お葬式はいつも突然に

平素は大変お世話になっております。株式会社三共の吉川徹です。相変わらずの寒さですが、風邪など召されていはいないでしょうか。わたしは正月のあれ以来、元気です(笑)。

さて、前回は遺影の話をしました。その流れで、今回は「お葬式」について(※1)お話ししたいと思います。何となく思い出したのですが、向田邦子のエッセイに、喪服を新調して、不謹慎だけれど早く着てお出掛けしたいなどと思っていたところ、とても大切な人が亡くなって、浮かれていた自分を恥じた、というものがあります。

個人的な話ですが、わたしが人生で初めてお葬式に参列したのは7歳のときでした。ごく普通に元気だった祖父が突然亡くなったのですが、大好きだった祖父がいなくなってものすごく泣いた(※2)のと、通夜・葬儀が長くて長くて耐えられなかったことを記憶しています。正座していい子にしている、というのが苦痛だったのだと思います(笑)。

 

 

 

葬儀の種類

昔の葬儀は極めて簡素なものでした。清めたご遺体を棺(ひつぎ)に納め、村の墓地まで皆で「野辺(のべ)送り」(※3)にする。そのときに使用する提灯などを用意したのが「葬具屋さん」であり、それが葬儀社の前身になります。今でもいくつかの葬儀社が「○○葬具店」という屋号を使っているのは、そういう歴史的経緯からきています。

葬儀にはいくつか種類があり、最近では「家族葬」や「直葬」という言葉も出てきました。わたしの住んでいる地域にも、「家族葬を売りにしている葬儀社」が増えているのですが、この家族葬、実は正確な定義がないのです。

一般には、「参列者を身内や親友などのごく親しい人だけに限定した葬儀」ということになり、参列者も30名程度が目安になります。仕事関係者等の儀礼的な参列はお断り(※4)をし、香典・献花も受け取らない(香典返しも用意しない)、というスタイルです。参列者への対応よりも、故人とのお別れに重きをおくところに人気が出ているのだと思います。

ちなみに「直葬」というのは、病院や施設等の亡くなられた場所から直接、火葬場へお運びして、そのままお別れをする形をさします。「一般葬」は、参列者を限定しないごく普通の葬儀(最近は減っているそうです)、たまに誤解される「樹木葬」は、葬儀ではなくて埋葬方法のひとつになります。

他にも、「密葬」と「本葬」(※5)というものがあります。

 

 

 

本人が執り行えればいいのに

どんな形の葬儀を選ぶにせよ、一番大切なのは、喪主も含めた参列者全員が故人ときちんとお別れができること。祭壇の豪華さ、献花の数や香典の額、どんな人からお悔やみの電報が来るかは関係ありません。参列者(会葬者)の数で、その人の生前の何かをはかれるものでも、もちろんありません。

そういう意味では、不謹慎だと言われるかもしれませんが、わたしは亡くなった本人が葬儀を執り行えると一番いいと思っています。久しぶり、いやいや、ごめんねえ、遠くからわざわざ来てもらって、元気そうでよかった、そうそう、本当にお世話になったよね、今までありがとう、まあゆっくりしていってよ、とか。

先生、お久しぶりです、忙しいのにもう、本当に、先生より先に死んじゃって不幸者ですみません、先生はまだ教壇に立っていますか、ああ、嬉しいなあ、もう一度だけ先生の授業を受けたかったなあ、先生は長生きしてくださいね、とか。

そんな風に本人が、参列者の一人ひとりと、文字通りの「最後のお別れ」ができたら、本当に最高の葬儀になると思うのですが、まあ、さすがに非常識ですかね(苦笑)。

そんな意味も込めて、今回は「ようこそ、わたしのお葬式へ」というタイトルにしてみました。

言うまでもないことですが、葬儀をするにあたって葬儀社の存在は必須です。次回のテーマは「葬儀社の選びかた」です。早く春が来るといいですよね。それでは、また。

 

 

 

※1 今回は「お葬式」について
「お葬式」という言葉ですが、正確には「葬儀」と「告別式」を合わせたものをさします。「葬儀」は正しくは「葬送儀礼」と言い、ご遺体を納棺し荼毘にふすまでの儀礼をいいます。「告別式」は故人と社会的関係にあった方々との式典(セレモニー)をさし、現代では会場の時間制限を守るため、「葬儀」と「告別式」が同時に行われます。会場の回転率を優先するために、違う性格のものを一緒にしてしまうのであれば、やがてその意味や目的も失われるのは当然だと思います。お葬式なんていらない、という意見にはこんな背景もありそうです。

※2 大好きだった祖父がいなくなってものすごく泣いた
30年以上前の話ですので、さすがに記憶が曖昧なのですが。小学校1年生だったわたしは、当日は学校にいたのですが、祖父が亡くなったという報が学校へ入ると、そのまま授業を放棄して、兄と姉とともにタクシーで祖父の家へ向かいました。ねだれば何でも買ってくれる祖父がわたしは大好きで(笑)、突然に人がいなくなる初めての経験にとてもショックを受けました。ちなみに株式会社三共の創業者が、祖父・吉川貞男になります。

※3 「野辺送り」
火葬場や墓地まで列を組んで死者を送ることを「野辺送り」と言いました。今風で言うと「葬列」でしょうか。地域によってさまざまですが、提灯や松明を先頭にして、花籠や香炉、位牌、柩(ひつぎ)と続き、死者との関係性で役割が決められました。霊魂が家に戻らないようにという配慮から、「行きと帰りでは道を変える」、「使用した草履は捨てる」という風習も。現在では霊柩車の登場で、列を組むこと自体がなくなりました。ちなみに「棺」は中が空のもの、「柩」は仏様の入ったものをさします。

※4 仕事関係者等の儀礼的な参列はお断り
「家族葬」の一番難しいところが、実はここになります。ある程度の社会的地位があった人は、当然、交友関係も広いもの。仕事でお世話になったし、お線香のひとつでもねえ、ということで後日、まったく面識のない人が自宅のインターフォンを鳴らし、「奥さん、突然ですみません。近くまで来たものですから」と言われる。「お帰りください」などと玄関口で言えるはずもなく、家に上げればお茶も出さないわけにもいかず、香典や菓子を受け取ってしまえば後で返礼もしなければなりません。平日も週末も問わずに弔問客が訪れて、結局、過労で奥さんが倒れてしまった、なんていう話も。そうであれば、乱暴な言い方になりますが、「一般葬にして一網打尽にしてしまう」のは理にかなっているのです。

※5 「密葬」と「本葬」
「密葬」を「家族葬」と混同している方がたまにいますが、「密葬」と「本葬」は対になる概念です。例えば大物芸能人が亡くなったとしましょう。「一般葬」にしてしまうと参列者が3,000人を超えてしまう、これでは親族はとてもじゃないけれど落ち着いてお別れができない。こういう場合に近親者だけで先に「密葬」を済ませ、その後に盛大な「本葬(お別れの会)」をする、というスタイルです。したがって「本葬」のない「密葬」はありえません。「社葬」の前に「密葬」をする、というのもありますよね。

 

 

 

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吉川徹(よしかわとおる) プロフィール
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1977年静岡県浜松市出身

遺品整理士(IS02984号)
終活カウンセラー上級(1560194)
最終処分場管理責任者

【近況報告】
先日、終活カウンセラー協会の「上級インストラクター養成講座」を受けてきました。セミナー講師の心得からパワポ資料作成時の大事な点、そして各科目のセミナーの実践と、まあ濃い二日間でした(笑)。それぞれ課題が与えられ、2月下旬にまた「3日目・4日目」があるのですが、なかなか準備するする時間が取れなくて(泣)。とはいえ、頑張りますです、ええ。